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日帰り

奈良

建武政権の瓦解と南朝の成立

■コース番号:4671

新コース

建武政権の瓦解と南朝の成立
写真:吉水神社(イメージ)
歴史を変えた瞬間

南北朝時代の南朝を探る(前編)

 

文保2年3月29日(新暦4月30日)に即位した後醍醐天皇は、兄後二条天皇の遺児である皇太子邦良親王が成人して皇位に就くまでの中継ぎとして位置づけられていました。自身の子孫に皇位を継がせることを否定された後醍醐天皇は不満を募らせ、これを承認し保障している鎌倉幕府への反感につながっていきました。1333年(元弘3年/正慶2年)、後醍醐天皇は全国の武士に討幕の綸旨を発します。執権北条氏に不満を持つ武士が呼応し、足利尊氏や新田義貞らの働きで鎌倉幕府は滅び、後醍醐天皇による親政が始まりました(建武の新政)。

しかし法令や政策は朝令暮改が繰り返され、貴族・大寺社から武士にいたる広範な勢力の既得権が侵害されるなど、政局の混乱が続き、また恩賞の不公平により武士階級の支持を得ることもできませんでした。北条氏の残党が引き起こした中先代の乱の討伐のため関東に向かった尊氏がそのまま新政から離反すると、不満を抱えた武士たちの多くが尊氏に従いました。後醍醐天皇は尊氏討伐を命じますが、新田義貞が敗北し、尊氏は京都へ入ります。北畠氏の活躍で尊氏はいったん九州へ落ち延びますが、態勢を立て直し、新田・楠木勢を湊川の戦いで打ち破ります。尊氏派は大覚寺統の後醍醐天皇に対抗すべく、持明院統の光明天皇を京都に擁立(北朝)。後醍醐天皇は京都を脱出して奈良の吉野へ逃れ、南朝(吉野朝廷)を開き、北陸や九州など各地へ自らの皇子たちを派遣しました。これにより南北朝時代が始まったのです。今回は、南朝の拠点があった吉野を訪れます。

【出発日】 【旅行代金(おひとり)】 【募集状況】 【受付状況】
2019年6月21日(金) 12,800円 募集中 お申込み
写真:蔵王堂(イメージ)写真:蔵王堂(イメージ)

ツアー詳細

■旅行条件 最少催行人員15名/添乗員同行します。
貸切バス会社 千里山バスまたは寝屋川バスまたは同等クラス
■食事条件 昼食:1回
  • 基本スケジュール
【日数】 【行程】 【食事】
1日目 大阪梅田8時発=吉野山下千本駐車場…◎金峯山寺観音堂(中世の金峯山寺は山上・山下に多くの子院を持ち、僧兵を多数抱えており、後醍醐天皇側に軍事力を期待された)…〇吉野朝宮址(後醍醐天皇から4代に渡り南朝の拠点となった皇居址)…〇吉水神社(後醍醐天皇が吉野に来て最初に皇居を置いた場所)…〇勝手神社(勝負事や戦の神としても信仰された神社)…◎如意輪寺・後醍醐天皇陵(後醍醐天皇の信仰が厚かった寺。後に裏山が天皇陵になった)=梅田17時ごろ着

【行程中の記号】 =バス →航空機 —列車 〜船舶 …徒歩 ≠ロープウェー
◎入場観光 ○下車観光 △車窓観光

【出発日】 【旅行代金(おひとり)】 【募集状況】 【受付状況】
2019年6月21日(金) 12,800円 募集中 お申込み

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