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日帰り

福井

南朝の忠臣新田義貞最後の戦い

■コース番号:4672

新コース

南朝の忠臣新田義貞最後の戦い
写真:小黒丸城址(イメージ)
歴史を変えた瞬間

南北朝時代の南朝を探る(後編)

 

後醍醐天皇が南朝(吉野朝廷)を樹立後、軍事上の要になったのは、新田義貞と北畠顕家でした。義貞は北朝に対抗すべく、自らの北陸下向を提案。恒良親王、尊良親王を伴い、金ヶ崎城(敦賀市)を拠点としました。これに対して、北朝の足利方は度々襲来。義貞はその都度撃退しましたが、延元2年(1337年)、総大将の高師泰以下、斯波高経、仁木頼章、小笠原貞宗、今川頼貞、細川頼春ら6万の大軍が来襲し兵糧攻めを行ったため、金ヶ崎城は落城するのでした。尊良親王は自害、恒良親王は捉えられますが義貞自身は無事でした。

金ヶ崎城を失った義貞は杣山城(南越前町)を拠点とし、奥州から破竹の勢いで進軍してきた北畠顕家との連携の道を探ります。しかし、義貞と顕家が円滑に連携することはできず、顕家は和泉の堺浦・石津で足利軍に敗北し戦死(石津の戦い)。ここに義貞は単独で北陸を拠点に戦うしか道がなくなりました。義貞は北陸にいた足利一門・斯波氏の本城である黒丸城を攻めるべく出陣しました。義貞軍に対して、斯波氏の味方をした平泉寺衆徒が黒丸城支城の藤島城に籠って激しく抵抗。これを受け義貞は、藤島城を目指します。延元3年/暦応元年閏7月2日(1338年8月17日)、義貞最後の戦いである「藤島の戦い」が行われるのでした。

【出発日】 【旅行代金(おひとり)】 【募集状況】 【受付状況】
2019年7月12日(金) 12,800円 催行決定 お申込み
写真:戦没伝説地(イメージ)写真:戦没伝説地(イメージ)

ツアー詳細

■旅行条件 最少催行人員15名/添乗員同行します。
貸切バス会社 千里山バスまたは寝屋川バスまたは同等クラス
■食事条件 昼食:1回
  • 基本スケジュール
【日数】 【行程】 【食事】
1日目 大阪梅田8時発=○称念寺(新田義貞の墓が残る)=〇藤島城址(藤島の戦いを招いた城址)=〇燈明寺畷新田義貞戦没伝説地(義貞が討死したと言われる場所)=〇小黒丸城(藤島城の援軍に向かうためにこの城から出撃した軍勢が義貞軍と遭遇し、燈明寺畷で義貞を討ち取った)=〇藤島神社(贈正一位新田義貞公之大宮、義貞を祀る神社)=梅田19時ごろ着

【行程中の記号】 =バス →航空機 —列車 〜船舶 …徒歩 ≠ロープウェー
◎入場観光 ○下車観光 △車窓観光

【出発日】 【旅行代金(おひとり)】 【募集状況】 【受付状況】
2019年7月12日(金) 12,800円 催行決定 お申込み

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