見応えある堀切・竪堀が残る長野市の城址
長野市にある長野盆地は東部山地と西部山地に挟まれた、面積およそ300平方キロメートル、標高330~380メートルの盆地であり善光寺平とも呼ばれてきた。長野盆地の中には千曲川・犀川・裾花川など大小の河川が多数流れ込み、千曲川に合流している。長野盆地内の千曲川は高低差が小さいため、流れが穏やかであり古くから繁栄した。この地を巡り甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信が11年にも渡る戦いを繰り広げられた有名な場所でもある【川中島の戦い】。また、織田信長が亡くなり旧武田領を巡る「天正壬午の乱」の際にも、越後の上杉景勝と相模の北条氏直がこの地を巡り争った。そのような状況下で、城郭はより堅固に発達しました。