毎日山の旅日記

毎日新聞旅行

powered by 毎日新聞大阪開発株式会社

関西/奈良ステップ③大普賢岳(2019)

 「あぁ、とても楽しかった」。奈良県の大峰山脈にある大普賢岳(1780㍍)を登山して、中年女性の参加者はそう語ってくれた。私はそれを聞き、心底うれしく思った。本格的な山登りの経験が十指にも満たない彼女が、険路で名高い鋭鋒から無事下山しての言葉なのだ。富士山を目指しての訓練登山を重ね、体力と実力を養ってくれたことを心強く思えた。  女性が参加したのは、「初心者のためのステップアップ 富士登山塾2019」のステップ3だ。2019年5月に開かれ、22人が集まった。
和佐又山山頂からの大普賢岳 和佐又山山頂からの大普賢岳
 大阪・梅田をバスで出発し、約2時間後に同県上北山村の登山口に到着した。準備体操で入念に体をほぐしてから登山道に足を踏み入れた。ステップ1、2の時とは違い、参加者の足運びは格段にしっかりしている。ザックをかつぐ姿も様になってきた。ヒメシャラやブナの林を抜けて、まずは前衛の和佐又山(1344㍍)へ。1時間ほどで山頂にたどり着いた。初夏の風が涼しい。皆はザックを下し一息ついた。高山宗規・登山ガイドが「正面に見えるのが、大普賢岳です」と呼びかけた。すっきりとした三角形の山容が、青空に映える。美しい山だ。「あそこまで行くのか」「遠そうだな」との声に、高山ガイドは「見えている山は結構近いんですよ」と補足した。
出発前に入念な準備体操を 出発前に入念な準備体操を
 和佐又山からの急下降を経て、自然林の中を黙々と歩む。次第に傾斜がきつくなってくる。昔から修験道の山伏たちが修行の場としてきたという。洞窟を利用した修行場のひとつ笙ノ窟(しょうのいわや)で昼食をとった後、岩場、鉄はしご、細尾根が連続して続く難路に差し掛かった。
崖に設けられた桟橋を歩く 崖に設けられた桟橋を歩く
 垂直に近いはしごや片側が切れ落ちたがけ沿いの道もあった。初心者には手ごわい場所ばかりだ。私もカメラ取材をこなしつつ、前後の登山者が安全に通過できるように気を配った。はしごには手をかけて、崖の上は慎重に通過する参加者の皆さん。額にうっすらと汗をかき、疲れが見え始めた時、念願の山頂に到達した。
急なはしごを慎重に登る 急なはしごを慎重に登る
 「やったー」「こんな私でも登れた」「こんなに立派な山に自力で登ったのは人生で初めて」ともろ手を挙げて喜びを表現した。私もとてもうれしくなった。もらい泣きではなく、もらい歓喜だ。山は不思議なものだ。山にいると、他者の喜びがストレートに伝わってくる。私も湧き上がる喜びを抑えられない。これがあるから山登りはやめられない。 山頂からは、大台ケ原(1695㍍)、八経ケ岳(1915㍍)といった関西を代表する山々が見えた。雄大な景色に満足そうだ。記念撮影の後、下山にかかった。私を含めて3人のガイドが見守る中、参加者の皆さんは険しい登山道を下り、無事にバスの待つ和佐又山ヒュッテに到着した。
山頂に到着し大喜びの参加者 山頂に到着し大喜びの参加者
 下山時にはしごの数を数えたら、大小合わせて27本もあった。往復だから計54本のはしごを上り下りしたことになる。日常生活ではまったく考えられないことだ。冒頭の女性は富士登山塾に参加するだけではなく、友人と金剛山に登り練習に励んだという。「だんだん足が慣れてきた」と自信を見せた。中高年者が自分の足で安全に富士山に登って下山する。そのためには、練習あるのみ。本番の8月はもうすぐだ。【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】(2019年5月12日登頂)
片側が崖となった登山道を行く 片側が崖となった登山道を行く
【富士山へ向けて7 持ち物その7】登山には行動食を持ってゆく。昼食や朝食のお弁当とは別のものだ。登山は莫大なカロリーを消費する。個人差はあるだろうが、定時の食事以外にもカロリーを補わなくてはならない。休憩時に同時に口の中に放り込む。小型軽量で栄養価が高いものが推奨だ。また、多少なりとも水気のあるものが良い。例えば、チョコレートやアメ、ドライフルーツなどだ。筆者はワンカップの焼酎ボトルにドライフルーツを詰め込み、こまめに食べるようにしている。
大普賢岳山頂で記念撮影 大普賢岳山頂で記念撮影
感想をお寄せください

「毎日山の旅日記」をご覧になった感想をお寄せください。

※感想をお寄せいただいた方に毎月抽選でポイント券をプレゼントいたします。

〜山記者の目〜プロフィール
【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】
1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長

ページ先頭へ