〜山記者の目〜 2021年07月30日 小野博宣
静岡(東京毎日)ステップ⑦富士山(2021)
「語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 富士の高嶺は」
富士山(3776㍍)の神々しさを「語りつごう」と歌ったのは奈良時代の歌人、山部赤人(やまべのあかひと)だ。1000年後のいまも、赤人の言葉に共感を覚える人は多いだろう。八葉に裾野を広げるこの美しい山は、幾世代もの人々が称え、誇りに思ってきた。それは今も変わらない。
だが、富士山に登るとなると、その難易度は決して低くない。「どうしたら富士山に登れるのでしょうか」。数年前に中高年の方からそんな相談を受けた。訓練を積み、山登りに慣れれば、決して無理ではないとお伝えしたように思う。しかし、次に「どこで訓練すればいいのか」「誰に指導してもらえばいいのか」という問題に突き当たる。
富士山(3776㍍)の神々しさを「語りつごう」と歌ったのは奈良時代の歌人、山部赤人(やまべのあかひと)だ。1000年後のいまも、赤人の言葉に共感を覚える人は多いだろう。八葉に裾野を広げるこの美しい山は、幾世代もの人々が称え、誇りに思ってきた。それは今も変わらない。
だが、富士山に登るとなると、その難易度は決して低くない。「どうしたら富士山に登れるのでしょうか」。数年前に中高年の方からそんな相談を受けた。訓練を積み、山登りに慣れれば、決して無理ではないとお伝えしたように思う。しかし、次に「どこで訓練すればいいのか」「誰に指導してもらえばいいのか」という問題に突き当たる。
八合目からの夜明け。新しい一日の始まり
それならば、私たちでお手伝いをしようと始めたのが「安心安全富士山教室」だった。第1回は2016年。高尾山から登り始め、山の高度を徐々に上げ、最後に富士山に登る。ステップアップ方式が功を奏したのか、大勢の初心者を富士山にお連れすることができた。
山梨県側・吉田口のスバルライン五合目を出発。
30日朝、JR新宿駅前に集合した一行は、バスで富士山のスバルライン5合目に降り立った。身支度を整え、7合目の山小屋・日の出館へ歩みを進めた。標高2700㍍地点に立つ日の出館からは、雲間から山中湖や河口湖が見渡せた。すでに高山病を発症する高さであり、スタッフは「すぐに横にならないでください。高山病にかかりやすいですよ」と注意を促した。
白雲荘のハンバーグ定食
夕食はハンバーグ定食だった。デミグラスソースの味に、皆が「おいしい」「富士山でハンバーグなんてぜいたく」と笑顔だ。午後7時半に就寝した。翌日は午前4時に起床し、30分後に出立した。眼前には雲海が広がり、参加者は「雲の上にいる!」と歓声を上げた。やがて太陽が昇り、周囲が明るくなった。山頂までは岩場や急こう配の登山道が続く。豊岡由美子・登山ガイドは「ゆっくり歩きます。あわてないで」「岩場では足を安定させて」と具体的なアドバイスを送った。
岩場を慎重に登る
7合目から山頂までは、遠い道のりだ。コースタイムでも4時間もかかる。豊岡ガイドはじっくりとゆっくりと歩いてくれた。彼女の足の歩幅を観察すると、前足のかかとと、後ろ足のつま先に隙間がない。歩幅はゼロ㌢といっていいだろう。そして、足底をベタリと地面につけている。後ろ足で蹴り上げるように歩く平地での歩行とはまったく異なることが分かる。豊岡ガイドの歩き方こそ、山道を疲れずに歩く最適な方法なのだ。さらに、「(山での歩き方は)野村萬斎のイメージです。上半身はそのまま、下半身だけを動かす」。狂言の演者の姿が目に浮かび、とても分かりやすい例えだ。
雲がダイナミックにわく中を山頂へ
岩場や小石でザレタ道を歩くこと、6時間余り。一行はついに富士山頂に立つことができた。
2021年7月31日午前11時ごろ、20人の男女が時ならぬ歓声を上げ、抱き合っていた。場所は富士山の山頂だ。「やっと登れた」「私が登れるなんて信じられない」。歓喜の爆発に、見ていた私も目頭が熱くなった。「去年の今ごろ、自分が富士山に登るなんて思いもしなかった」と女性が感極まって話した。男性も「苦しかった。しかし、頑張ってここまで来れた」と目を潤ませた。
感激の登頂。豊岡ガイド(左)とハイタッチをする参加者
思い思いに山頂で過ごした後は、下山にかかった。実は富士登山の核心部(登山の言葉で、最も危険な場所を指す)は下りにある。大小の石が転がった滑りやすい道を5~6時間は歩かなければならない。また、斜面には大小の岩石が止まっており、いつ岩の雪崩が起きてもおかしくないのだ。実際、これまでの富士山教室では、疲労で歩行困難になる参加者は下りの時に集中していた。その対策として、今年度は下りの時に、もう一泊を追加した。下山時に宿泊をして登頂の疲労を軽減して、安全に降りることにした。
下山時、六合目付近から山頂方向を望む
2泊目の宿泊は、8合目の白雲荘だ。白雲荘の前にはちょっとした広場とベンチがあり、眼前の大展望を満喫するには最適の場所だ。山小屋に荷物を置いた参加者は登頂の喜びと安堵感からか、えびす顔だ。缶ビールを高らかに掲げて「富士山登頂に乾杯!」。笑い声のさざ波が幾重にも広がってゆく。富士登山は体力的にもきつく、周到な準備が必要なことは言うまでもない。だが、登ってしまえば、そこに広がるのは喜びの花だ。2021年の富士山は、2年ぶりの笑顔が満開となっていた。
【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ・小野博宣】
【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ・小野博宣】
金剛杖への『焼印』。山小屋ごとにデザインも違う集めるのも楽しみのひとつ。
- 〜山記者の目〜プロフィール
- 【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】
- 1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長