〜山記者の目〜 2022年02月21日 小野博宣
長野雲見トレッキングin美ヶ原
冬の美ヶ原に一度は出かけてみたいと思っていた。標高2000㍍を超える、広々とした高原に降り積もった雪を踏みしめながら、鮮烈な空気を吸ってみたい。そんなことを漠然と考えていたら、山岳気象予報士の猪熊隆之さんが、冬の美ヶ原を舞台にした「雲見トレッキング」を提案してくださった。猪熊さんが気象について解説しながら、野山を歩く実践的な講座だ。同行取材を決めたのは言うまでもない。
美しの塔の前で記念撮影
2022年1月30日朝、ツアーの参加者12人は、美ヶ原の山小屋「美ヶ原高原ホテル 山本小屋」の玄関前に集まった。外壁の寒暖計はマイナス10度を指していた。猪熊さんの掛け声で準備体操を行い、一行は小屋を後にした。猪熊さんを先頭に、それぞれがワカンやスノーシューで雪を踏みしめた。路面にゆるやかなアップダウンはあるものの、雪道はよく踏みしめられ、歩きやすい。
寒暖計-10度を指していた
美ヶ原のシンボルともいえる「美しの塔」の前で、猪熊さんのカメラケースに雪の結晶が付着していた。黒い布地のせいか、結晶の形が判別できた。「雪の結晶によって雪が育てられた場所と温度がわかります」「これは樹枝状ですから、マイナス10度からマイナス15度くらいのところで育てられたと思います」と丁寧に解説してくれた。
カメラケースの上に、雪の結晶が積もった
さらに空を見上げて、「雲がそんなに厚くないですね。やる気のない雲から降っています。だから、サラサラとしています」。一行は「なるほど」とうなずき、雪の結晶を写真に収める人もいた。雲の発達具合を、やる気のある、なしで表現するのは、猪熊さん独特の言い回しだ。真夏に入道雲がみるみる大きくなるのを見ると、「やる気がある」という言い方がぴったりだと思う。
猪熊さんは時折歩みを止めて、雲について説明を続けた。空を指さし、「積雲がだいぶ成長していますね。湿った空気が入ってきて、そこ(の山の斜面)で雲になっているのがわかります」と話してくれた。確かに、ちぎれたような雲が斜面を駆け上がり、雲に育って行くさまが見て取れた。
三峰山にて雲の解説をする猪熊さん(参加者撮影)
雲間に青空がのぞいたと思うと、霧に視界を遮られる瞬間もあった。参加者は約一時間半かけて雪原を歩き、王ケ頭(2034㍍)にたどり着いた。「美ヶ原頂上 王ケ頭」と刻まれた石碑の向こうには、晴れていれば松本市街が広がり、北アルプスの山々を見通すことができる。だが、今回は厚い雲にはばまれ、絶景を拝むことはかなわなかった。それでも参加者は、石碑の前で思い思いに記念撮影をし、笑顔を見せてくれた。
王ケ頭山頂
帰路は、登山道だけでなく、誰も踏んでいない雪の斜面も歩いた。意外に雪が深く、転んだりひざまづいたりして雪の感触を楽しんだ。雪上に大の字に横たわる女性の姿もあった。雪は不思議なもので大人を童心に返してくれる。美ヶ原の雪上歩きは、雪山に不慣れな方やファミリーの雪遊びにはもってこいだろう。
以前、夏の美ヶ原を訪れたことがある。緑の草原に牛たちが放たれ、伸びやかな雰囲気に癒された。季節が変わり、美ヶ原は雪の衣をまとった。しかし、天地の雄大さは何ら変わることがなかった。美ヶ原は訪れた人をすがすがしい気持ちにさせる、稀有な魅力を持つ場所だ。「また訪れたい」と強く思った。それは私だけの感慨ではないだろう。
雪上を歩く一行
山本小屋で昼食をいただき、貸し切りバスでJR茅野駅に向かった。車中で猪熊さんは「レンズ雲の存在などで風の強さが想像できます」「森林限界が近くなると風の音がします。風が静かなところで装備を調えることが大切です」「それに食料をとることですね。食料が(体内で)熱に変換されます。吹きっさらしに出る前に、温かな紅茶やココアをとるようにしましょう」と雪山の歩き方を教えてくれた。国内外の山を歩き、四季を問わず雲を見つめてきた猪熊さんならではのアドバイスだと思う。気象遭難を防ぐためにも、猪熊さんの「雲見トレッキング」に参加することは有効だと改めて感じた。
雪の芸術。雪と氷に覆われた樹木
参加者の皆さんは前日29日に、長野県松本市、長和町、下諏訪町の境にある三峰山(1887㍍)に登頂している。静かな山歩きが楽しめる名峰だ。
なお、夏の美ヶ原を訪れたブログのURLは次の通り。
http://maitabi.blog.jp/archives/29778808
なお、夏の美ヶ原を訪れたブログのURLは次の通り。
http://maitabi.blog.jp/archives/29778808
- 〜山記者の目〜プロフィール
- 【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】
- 1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長