〜山記者の目〜 2023年04月22日 小野博宣
長野県雲見トレッキング・霧訪山
登山前に視聴した天気予報を鵜呑みにして山頂に立つと、地上との天気の違いに驚くことがある。「登山口では風は穏やかだったのに、山頂は暴風だ」「山頂だけなぜ雨が降っているか」。そんな時に、気象現象が原因となる「気象遭難」が起きる。十分な防寒具を持たないまま冷たい風にさらされ、体温を奪われる。さらに雨や雪で身体が濡れて低体温症に陥ってしまう。楽しいはずの登山が、命がけの彷徨になってしまう。
山岳気象予報士の猪熊隆之さん(山岳気象予報会社『ヤマテン』代表)は、こうした気象遭難を防ぐために、山と天気の関係を学ぶ実技講座「雲見トレッキング」(主催・毎日新聞旅行)を開催している。
23年4月22日午後、猪熊さんの姿は長野県の霧訪山(きりとうやま、1305㍍)山頂にあった。快晴の頂に、「今日は雲がほとんどありません。あそこ(西側)に積雲があるだけです」。指さす方向を見ると、綿菓子のような、小さな白雲が浮いていた。「これでは、雲の解説のしようがないですね」と嘆いてみせ、13人の参加者たちを笑わせた。
霧訪山は長野県を貫く中央分水嶺にあり、山頂からの眺めが素晴らしい。穂高連峰や八ケ岳が見渡せる。「雪がなくて尖っているのが槍ケ岳、北側に目を向ければ美ヶ原……」と、名峰の数々を紹介してくれた。
山岳気象予報士の猪熊隆之さん(山岳気象予報会社『ヤマテン』代表)は、こうした気象遭難を防ぐために、山と天気の関係を学ぶ実技講座「雲見トレッキング」(主催・毎日新聞旅行)を開催している。
23年4月22日午後、猪熊さんの姿は長野県の霧訪山(きりとうやま、1305㍍)山頂にあった。快晴の頂に、「今日は雲がほとんどありません。あそこ(西側)に積雲があるだけです」。指さす方向を見ると、綿菓子のような、小さな白雲が浮いていた。「これでは、雲の解説のしようがないですね」と嘆いてみせ、13人の参加者たちを笑わせた。
霧訪山は長野県を貫く中央分水嶺にあり、山頂からの眺めが素晴らしい。穂高連峰や八ケ岳が見渡せる。「雪がなくて尖っているのが槍ケ岳、北側に目を向ければ美ヶ原……」と、名峰の数々を紹介してくれた。
霧訪山山頂で天気の解説をする猪熊さん
諏訪湖畔のホテルに戻った一行は、机上講座の席に着いた。猪熊さんは冒頭、新聞などに掲載されている天気図を利用してよい場合について「平地と山の天気が同じ場合です」と伝えた。そして、「利用してはいけないのは里と山の天気が違う場合です。気象遭難が起きやすくなります」と述べた。
そして、山頂の天気を事前に調べるポイントとして、「(山で)雲ができるか、できないか」と「雲がどれくらい〝やる気〟を出すのか」の2つを上げた。山で雲が発生するのは、水蒸気を含んだ空気が山の斜面を駆け上がり、雲に変化するから。雲が「どこまで上昇するかで、雲のやる気が違ってきます」「水蒸気が多いか少ないかで、雲のでき方が違います」と言う。「水蒸気の量が多いのか、少ないのかが重要です。しかし、天気図ではそれがなかなかわからない」と指摘した。
「では」と言葉を継ぎ、「いつも水蒸気が多い場所はどこでしょうか」と問いかけた。参加者が考え込むと、「川とか海、田んぼ。そういうところが水蒸気の供給源になります」と自ら答えた。「海の方から風が吹くと水蒸気が(陸地に)運ばれます」「海から風が吹くと、山の天気が崩れます」と話し、「(こうした現象を観察するのに)天気図はあてになりません」と語った。では、海からの湿った空気がどの方向から入って来るのか、どう調べたらよいのだろうか。
猪熊さんは「ひとつは海と山の位置関係を調べること」とし、「もうひとつは、風の吹く方向と強さを知ることです」と伝えた。壁面のスライドには、霧訪山に▲が記された日本地図が映し出された。南アルプスと中央アルプスの位置を示し、「海からの風が(両アルプスの間を)通り抜けて、霧訪山にぶつかって雲が発生します」「北風なら千曲川に沿って冷たい風が入り、霧訪山にぶつかり雲ができます」と語った。22日の霧訪山山頂周辺では冷たい北風が吹いていたが、実際には雲は発生していなかった。「今日は水蒸気が少なかったので、雲はできませんでした」とした。そして「山の天気は地形の影響を強く受けます。天気図を見るより、地形図を見た方が(山の天気が)よく分かる時があります」と話した。
次いで、天気図から風の向きと風の強さを調べる方法を話してくれた。「登山者にとって大切なのは、等圧線の向き(風向)と間隔(風速)です」と語りかけた。
まず風速について「天気図の線(等圧線)と線の間隔を比較します。東京と名古屋の距離より狭ければ、風速15㍍以上の可能性があります」。その風速では、稜線上を歩くのは困難になる。「大阪・名古屋間の距離であれば、暴風です」と話した。
風の向きについては、「低気圧の場合は反時計回りに風が吹きます。高気圧の時は、時計回りに風は吹きます」という。さらに「風は気圧の高い方から低い方へ吹きます。それが気圧の影響で等圧線に平行に吹くようになります」と語った。こうした知識を基に、事前に天気図を確認しておけば、風の強さや風向は一目瞭然だろう。参加者たちはうなずきながら、メモを取っていた。
そして、山頂の天気を事前に調べるポイントとして、「(山で)雲ができるか、できないか」と「雲がどれくらい〝やる気〟を出すのか」の2つを上げた。山で雲が発生するのは、水蒸気を含んだ空気が山の斜面を駆け上がり、雲に変化するから。雲が「どこまで上昇するかで、雲のやる気が違ってきます」「水蒸気が多いか少ないかで、雲のでき方が違います」と言う。「水蒸気の量が多いのか、少ないのかが重要です。しかし、天気図ではそれがなかなかわからない」と指摘した。
「では」と言葉を継ぎ、「いつも水蒸気が多い場所はどこでしょうか」と問いかけた。参加者が考え込むと、「川とか海、田んぼ。そういうところが水蒸気の供給源になります」と自ら答えた。「海の方から風が吹くと水蒸気が(陸地に)運ばれます」「海から風が吹くと、山の天気が崩れます」と話し、「(こうした現象を観察するのに)天気図はあてになりません」と語った。では、海からの湿った空気がどの方向から入って来るのか、どう調べたらよいのだろうか。
猪熊さんは「ひとつは海と山の位置関係を調べること」とし、「もうひとつは、風の吹く方向と強さを知ることです」と伝えた。壁面のスライドには、霧訪山に▲が記された日本地図が映し出された。南アルプスと中央アルプスの位置を示し、「海からの風が(両アルプスの間を)通り抜けて、霧訪山にぶつかって雲が発生します」「北風なら千曲川に沿って冷たい風が入り、霧訪山にぶつかり雲ができます」と語った。22日の霧訪山山頂周辺では冷たい北風が吹いていたが、実際には雲は発生していなかった。「今日は水蒸気が少なかったので、雲はできませんでした」とした。そして「山の天気は地形の影響を強く受けます。天気図を見るより、地形図を見た方が(山の天気が)よく分かる時があります」と話した。
次いで、天気図から風の向きと風の強さを調べる方法を話してくれた。「登山者にとって大切なのは、等圧線の向き(風向)と間隔(風速)です」と語りかけた。
まず風速について「天気図の線(等圧線)と線の間隔を比較します。東京と名古屋の距離より狭ければ、風速15㍍以上の可能性があります」。その風速では、稜線上を歩くのは困難になる。「大阪・名古屋間の距離であれば、暴風です」と話した。
風の向きについては、「低気圧の場合は反時計回りに風が吹きます。高気圧の時は、時計回りに風は吹きます」という。さらに「風は気圧の高い方から低い方へ吹きます。それが気圧の影響で等圧線に平行に吹くようになります」と語った。こうした知識を基に、事前に天気図を確認しておけば、風の強さや風向は一目瞭然だろう。参加者たちはうなずきながら、メモを取っていた。
霧訪山、守屋山の気象について解説する
翌23日は、諏訪湖近くの守屋山(1651㍍)に登り、雲の観察を続けた。晴天の中、猪熊さんらは山頂に立った。「西の方は相変わらず雲がない。明日も天気は良さそうです」と笑顔で参加者を見つめていた。
守屋山山頂でハイタッチ
- 〜山記者の目〜プロフィール
- 【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】
- 1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長